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まち歩きを通して街の課題が見えてくる

山納 そして、もう一つ。例えば、神戸の港の方のお店に行くと、造船所や町工場に勤める人たちが通ってきていて、景気の良し悪しや町内の祭りの話をしている。北新地のクラブ街にある喫茶店には、出勤前のホステスさんやそこに務める人たちがいるわけです。面接をしていたり、あいつはそろそろやめさせろと言った話をしていたり、料理を作って出前に走るウエイトレスさんがいたり…と、お店に入って座っていると、その地域がどういう状態なのかが分かることがあります。それにどんどん関心がいって、街を知ろうと喫茶店や飲み屋に入るようになってきたんです。

「Walkin’ About(ウォーキンアバウト)」というまちあるきイベントをやっています。ある街に集合して、参加者に簡単にどんな街かを解説をすると、解散してそれぞれが好きに街を回ってくる。90分たったらまた集合して、どこに行って、何を見聞きしてきたかを5分ずつしゃべってもらうんです。
もともと演劇や劇場の仕事をしていたものですから、まち歩きや店に入ってお客さんの様子を見たりすることが芝居を観るような感覚になってきたんです。演劇の世界でも平田オリザさんの作品以降、日常を切り取ったような芝居が隆盛になっています。それとほとんど一緒なんですね。ココルームに入ってコーヒーを飲んでいる間に、おっちゃんがこんな話をしたとか、こんな人がやってきた、今度お祭りがあるというようなことを喋っている。それが、ほとんど芝居を観ている感じなんです。

勇気を出さないと扉を開けられない店に入ったほうが面白い芝居が見られるじゃないですか。そういう感覚にどんどんなっていき、「ああ、社会って今こうなっているんだ」ということを生で、誰かが喋ったことで突然思いも寄らなかったことが分かるということが面白く、いろいろなところに行くようになりました。通っているとまちの課題にも気付くようになり、目の前に困った人がいると気持ちが何歩かそっちに寄っていきますね。

最初はエッジの効いたところにいてクリエイターという仕事の人たちを見ていて、いかに相手思いになるかということを考えました。自分がもう一歩踏み出して、いろいろなところの扉を開けはじめたときに、様々な問題があることに気付き、人ごとではなくなってきたというところがあります。

〈後編〉に続きます
コミュニティで生活するセンスと技術
ココルームの転換